僕は暗闇の中にいた。
何もない無の世界
ふわふわとした感覚
「僕は何をしてるんだろう」
「わからない」
「・・・あっ・・そういえば僕は・・・」
突然声が聞こえた。
「・・・きてください」
えっ?
「起きてください~手術成功しましたよ~」
目を開ける。
「ここは・・・?」
そうだ、僕は手術を受けたんだった。
ここは手術前に服を着替えた部屋だ。
首を動かして窓を見てみると、
外は真っ暗だった。
「今、何時ですか?」
・・・と言おうとしたが、声がほとんど出ない。
かすれた声でもう一度通訳さんに聞いてみる。
「今は夜の9時過ぎですよ」
手術開始が16時からだったので、
5時間ほど経過したことになる。
「麻酔がまだ体に残っているので
起きてください!寝ちゃダメです」
体を見てみると、腕には点滴、
指先には血中酸素量を測定するパルスオキシメーター。
そして口からは2本のチューブが出ており、
それぞれ服のポケットに入っている
袋につながっていた。
これは血液が溜まるのを防ぐために使われる、
血抜きチューブ「ドレーン」だ。
僕は必死に目を開けたままにしようとするが
すさまじいほどの睡魔が襲ってくる。
体は熱く、全身がとんでもなくだるい。
麻酔の影響もあって意識は朦朧とし、
視点は定まらなかった。
さらに、手術中に人工呼吸器の
気管内挿管を行なった影響により、
喉はツバを飲み込むのもつらいほど痛く、
顔は圧迫固定されていて呼吸をするのも一苦労だ。
しばらくして、尿意を覚えたので
トイレに行こうとしたが
フラフラして自分の体を支えることができない。
点滴の台車を掴んで体を支え、
看護師さんに助けてもらいながら
なんとかトイレまでたどり着いた。
その後、かなりの時間をかけて
ベッドまで戻った僕だったが、
看護師さんがいなくなると目を閉じて眠る
→看護師さんが来ると目を開けて起きているフリをする
ということを繰り返していた。
指先につけられたパルスオキシメーターからは
頻繁にアラーム音が鳴り響く。
おそらく血中酸素量が異常値を示しているのだろう。
麻酔が残っている状態で、
起きていなければならないのはつらかったが
それよりもつらいのが発熱だ。
日本語を話せる看護師さんが来てくれたので
「たぶん熱があると思います。つらいです・・・」
と言うと、体温計を持ってきて熱を測ってくれた。
寝ながら体温計を見ると、
体温は38.5℃を示している。
看護師さんはアイスノンを持ってきて
「脇」と「おでこ」を冷やしてくれた。
その後も30分おきぐらいに何度も何度も
やってきてアイスノンを交換してくれる。
僕にはこの看護師さんが天使に見えた。
どれだけ時間が経ったのだろうか?
おそらく日付が変わって夜中の2時ぐらい
だと思うが、看護師さんに
「もう普通に寝て大丈夫です。水を飲んでください」
と言われ、飲みたくはなかったが、
一口だけ水を飲んだ。
久々に飲んだ水は全然美味しくなかった。
ちなみに、僕が寝ていた部屋にはもう1人、
輪郭の手術を受けたと思われる方がいた。
その方は20代前半ぐらいの若い中国人の男性で、
僕の頭のアイスノンを乗せ直してくれたり、
顔の圧迫バンドを付け直したりしてくれた。
僕は動けるような状況ではなかったので
かすれた声で「Thank you」
と言うだけで精一杯だった。
「それにしても、この中国人の方、
よくこの状況で平気だなぁ・・・」
そんなことを考える。
そういえば輪郭整形について書かれた
ブログの体験談には、
手術が終わった後しばらく経てば、
なんとか動ける、みたいなことが書いてあった。
けど、僕の場合は無理みたいだ。
とてもじゃないが動けない。
これは間違いなく、手術前に
体調が悪かったことによる影響だろう。
点滴には強力な解熱鎮痛薬が含まれている
にも関わらず、熱は下がらない。
僕は30年間生きてきて最も辛く、
最も苦しい夜を必死に乗り越えた。
翌朝、看護師さんに起こされた僕は
病院の検査ルームに連れていかれた。
そこには同じ部屋の中国人の男性と、
韓国人と思われる女の子がいた。
僕は相変わらず足元がフラフラで、
歩くのもままならない状態だったが、
この2人は全くもって平気な様子だ。
女の子は体が細く、美人だった。
僕と同じく顔を圧迫固定しているが、
それでも美人であることがわかる。
検査ルームで3D-CT検査を行った後、
部屋に戻ると先生がやってきた。
先生と看護師さんは、もみあげのところにある
傷口に貼られたテープをはがし、
口から出ているドレーンの除去を行ってくれた。
ドレーンを除去するのがものすごく怖かったが、
全く痛くはなかった。
一方、テープをはがすのはかなり痛かった。
点滴もはずされ、着替えて退院。
通訳さんと一緒に宿泊先のホテルまで行き
フロントで荷物を預けた。
チェックインの時間までまだ2時間ほどあったので
病院に戻ってソファーで休んでいたところ、
別の通訳さんがやってきた。
「すごく体調が悪そうですけど大丈夫ですか?」
僕はホテルのチェックインの時間が
まだなんです、ということを伝えた。
すると、通訳さんがホテルに連絡
してくれることになり、
チェックインの時間よりもかなり前に
部屋に入ることができた。
部屋に荷物を運び入れ、ベッドの上に横たわる。
僕は泥のように眠った。
5時間ほど眠って体を起こそうとするが
あまりにも体がだるくて簡単にはいかない。
なんとかダウンコートを羽織ってホテルの外に出た。
目的地は駅の近くにある薬局だ。
今日から服用しなければならない薬を
もらいに行く必要があったのだ。
頭はぼーっとして全く機能していなかったが、
頑張って薬局を探し出し、処方箋を差し出す。
英語で薬の説明をしてもらい、
フラフラになってホテルまで戻った。
そして再びベッドに横たわると、
僕の体は糸が切れてしまったかのように
動かなくなった。
つづく